自分の直感を信じること

業務である提案をしたんだけど、周りの反応が薄い。
自分の中ではいい案なんだけど、周りが乗ってこない。
これって間違ってたかなぁ?

Kotetsu
Kotetsu

周りも乗ってくると思っていたのに、自分しか乗ってこない。

結果として自分だけで抱えることになった。

このような状況を経験したことはありませんか?

私は研究畑なのであるいは特別なのかも知れませんが、自分一人しか食いつかない仕事って割とあります。

それと同時に私は以前から、「飛びつく人が多い仕事」イコール「価値の高い、いい仕事」だと思い込んでいました。

逆にいうと「上司や周りが興味を示さない仕事」だと、「あれ?自分の感覚間違ってたかな??」と思う癖がついてしまっていて、結果として自分だけしか興味を持たない業務は取り組み方もおざなりになってしまい、フェードアウト、、、となってしまいがちでした。

今回も今の業務においてそのような状況があり、一つの分岐点だなと思っています。

自分の直感を信じて動く

直感

研究なので、導いた仮説を検証するための実験計画を立てるわけですが、その中のとあるアプローチに対して提案した所、無風。

「それは意味ないんじゃない?」とも言われず(本当にダメとも言い切れないから)、「それを進める余裕はないよ」とも言われず(社内の他部門との共同研究のような形態になり、人手も予算もかからないから)。

これまでの私なら「(あれ、すべってる・・・?)失礼しましたー。」といってすぐ案を引っ込めていたのですが、今回はそれをしないことにしました。

どこまでやれるか分かりませんが、自分の立てた「こうすればいけるかも」という仮説をきちんと検証したいと思ったからです。

上司は答えを持っていない

上司

研究において未知の現象の正体を突き止めたいとき、グループ内でああだこうだと議論したりします。

その時、これまでに報告されている知見についてよくフォローしていて、それと絡めた地に足の着いた考え方が出来る人と、最低限の報告についてはもちろん把握してるけど、それはともかく今回はこうじゃない?とやや飛躍した考えをぶつけてくる人がいます。

前者が上司と先輩で、後者が私のタイプです。

左脳派と右脳派、という分類が本当にあるのだとすれば、どちらがどちらかは一目瞭然です。

最近改めて感じることなのですが、チームにはこの左脳派と右脳派の両方が必要だよね、と強く思っています。特にこれまでに前例がないプロジェクトを進める際には、多少の飛躍も厭わず面白い仮説を立てることが必要なのではないかと。

そしてチーム構成として、考え方に多様性がある方がより議論が練られていいのではないかと。

私はこれまで「自分がこのような考え方しかできない」ことを否定的に捉えていました。

「なぜ地に足をつけた議論が苦手なのだろう。」

「研究者向いてないな」と本気で思っていました(これは今でも割と思っている)。

でも最近は「私の考え方(アプローチ)は周りのみんなと違うかもしれない」という前提で議論に臨むことが出来るようになりました。

さらに言うと「上司の承認を得ることが原因を解明する近道ではない(上司は答えを持っているわけではない)」とも思えてきて、議論を戦わせることが楽しくなってきています。

上司から自分が思いつかなかったアイデアや考えを示されるとこれまでの私は「自分はそのように考えることができていない。ダメだ」となっていました。

でも最近では「へぇ、そう考えるのか、面白いな。なるほど。」とただの異なる意見として捉えることが出来ています。どちらが合っていてどちらが間違っているか、ではない。

同じく私の考えは上司の中にはないものなので(単にレベルが低い、という可能性ももちろんありますが)、そりゃ上司から賛同が得られるとは限りませんよね。

でも、チームの動きとしてはそれでいい。みんなが前だけ向いて進んでいると、急な方向転換の際にそっちに池があることが分からないから。みんなが前だけ向いて進んでいると、横から来た弾をしることができないから。

問題はリーダーである私がよそ見しがちなところで、この点はちゃんと力の配分を考えていきたいなと思っています。

まとめ

まとめ

チームとして動く時、その方針にそぐわないアイデアを思いついたとき。

「やってはいけない」と言われない限り、それはGoサイン。

やっても無駄、100%上手くいかないとは言い切れないから止められないだけで、やってはいけないわけではないから。

自分の直感を信じて提案すること、そしてそれをやり切ることが重要だということを胸に頑張りましょう。

参考になれば幸いです。